伝統と歴史


 『 バドミントン部の伝統・歴史 』 (敬称略)

 わが部は「バドミントン競技の普及、発展に寄与すると共に技術の練磨体位の向上、人格の陶冶を目的とし、母校の名誉と伝統を維持することを創部の精神とする」として内藤安雄、梶間悟郎、石井保典、友安唯之の各氏(昭24年卒)により昭和22年4月に設立され、同年7月体育会に加盟を許可され、当部の主唱により明慶立三大学バドミントン連盟(後の関東学生連盟)を結成する。
 
昭和23年に立教大学、昭和30年に立命館大学との定期戦が始まった。隔年ごと交互に両校体育館を使用し毎年定期戦が開催されている。立教大学とは平成25年に70回記念大会、立命館大学とは平成27年に60回記念大会を開催した。
 
また、創部記念事業としては、昭和32年に「和泉校舎」で10周年、昭和52年7月に「椿山荘」で30周年、平成9年7月に「ホテルパシフイック東京」で50周年、平成19年7月に60周年、平成24年7月に65周年祝賀会を「紫紺館」にて多数のOB・OGの参加により盛大に開催した。現在は卒業生が450名を超える。


《 戦績について 》

 男子は創部から3年後の昭和26年関東大学春季リーグ戦に優勝、昭和28年全日本学生選手権大会団体戦で準優勝、昭和30年、昭和34年には第3位となり、個人戦でも昭和32年にダブルスで高田忠(昭33年卒)・渡辺潔(34年卒)組が準優勝するなど昭和30年代も引き続き活躍めざましいものがあった。
 
昭和40年代になり昭和41年のリーグ戦で2部に降格し、以降2部3部の苦しい時代が長く続いた。しかしながらこの間も体育会バドミントン部として創部の精神を守り続け、部活動に部員一同は結束して、次世代へとバトンを渡してきた。
 
そして平成へと時代は移り少しずつ上昇の気配の中、平成14年以降は部員数も増え2部上位から1部昇格を狙う位置に徐々に勢いを増してきた。
 
明治大学は大学としての勢いを増す中、体育会各部への支援体制の強化とともに平成21年度から「スポーツ特別入試制度」のスタートにより男女ともに更なる戦力強化に繋がることになった。
 
そしてついに平成22年秋のリーグ戦で44年振りに男子1部昇格が成田大輔(平23年卒)主将以下選手一同の力で実現した。それ以降、現在では次々と歴史を塗り替える戦績を上げるまでになった。
 
平成26年の全日本学生選手権個人戦ダブルスで創部以来初めて宮嶋航太郎・高野将人(平28年卒)組が優勝に輝き、「ユニバシアード競技大会」日本代表選手に選抜され、平成27年には東日本学生選手権大会団体戦で初優勝、全日本学生選手権大会個人戦シングルスで高野将人が第3位、ミックスダブルスでは高野将人・高崎真美(平28年卒)組が第3位に入賞するなど創部以来の記録を塗り替える戦績を上げるまでになった。近い将来、関東大学リーグ戦、全日本学生選手権大会の団体優勝を目指せるチームになるよう期待したい。

 一方、女子は創部以来、メンバーに名を連ね活動をしてきたが、昭和40年に関東大学リーグに加盟してから53年が経過した。当初4部からスタートし停滞する時期が長く続いたが、男子とともに練習・合宿を繰り返し着実に力をつけ、平成10年には2部に昇格、2度の入替戦を経てついに平成18年秋季リーグ戦において奥山(旧姓佐藤)真由(平19年卒)主将以下選手一同の力で1部昇格を果たし、更に快進撃を続け、全日本学生選手権大会団体戦において第3位入賞の成績を収めた、当部にとって男子を含めて昭和34年以来47年ぶりの快挙となった。  
 
その後、1部・2部の入替戦を繰り返し、平成27年には全日本学生選手権大会で団体戦第3位に入賞し、9年ぶり2度目の快挙となった。
 
さらに平成28年の秋季リーグ戦で1部に復帰、全日本学生選手権大会では前年度に続き団体戦第3位を獲得し、女子ダブルスでは瀬川桃子・村上晃(4年生)組が準優勝に輝いた。
 
平成29年は「創部70周年」の節目の年であったが、関東学生選手権大会では男子ダブルスで優勝・準優勝、東日本学生選手権大会では女子団体で初めて優勝、秋季リーグ戦では女子が優勝こそ逃したものの、4年生の活躍により1部第3位に入賞(55年振り)、全日本学生選手権大会では女子が3年連続第3位、関東学生新人選手権大会では女子が団体、単、複に優勝するなど創部70年に相応しい戦績を収めた。

明治大学では今、伝統の「スポーツ明治」復活へむけて、体育会を中心とした強化に取り組んでいます。平成21年度(2009年度)から「スポーツAO入学試験」と「公募制スポーツ特別入学試験」を一本化し、新たに「スポーツ特別入学試験」を実施することにより、入試制度面からも体育会運動部の更なる強化を目指しています。
 
これからも、教育・研究に留まらずスポーツ面でも積極的に強化を図っていくことを考えており、近い将来、スポーツ界に“メイジ旋風”が吹き荒れることを目指しています。「創部70周年」を期に世界へと羽ばたく活躍が期待されています。

「スポーツ特別入学試験」については、こちらをご覧ください。



《 歴代部長 》

・ 小牧 正道 総 長    ( 昭和23年 〜 昭和44年 ) 22年間

・ 櫻井 一郎 商学部教授  ( 昭和45年 〜 平成 8年 ) 27年間

・ 杉恵 惇宏 商学部教授  ( 平成 9年 〜 平成14年 )  6年間

・ 佐藤 政光 商学部教授  ( 平成15年 〜 平成27年 ) 13年間

・ 石黒 太郎 商学部教授  ( 平成28年 〜  現在   )

《 歴代監督 》

・ 梶間 悟郎(昭24年卒) (  昭和23年  〜 昭和26年 ) 4年間

・ 内藤 安雄(昭24年卒) ( 昭和27年 〜 昭和61年 )35年間

・ 村野  浩(昭41年卒) ( 昭和62年 〜 平成20年 )22年間

・ 鈴木 郁雄(昭49年卒) ( 平成21年 〜 平成22年 ) 2年間

・ 鳥越 哲雄(昭43年卒) ( 平成23年 〜 平成25年 ) 3年間

・ 村野  浩(昭41年卒) ( 平成26年 〜 現 在   )

《 歴代駿台バドミントンクラブ会長 》

・ 梶間 悟郎(昭24年卒) ( 当初    〜 昭和30年 ) 9年間

・   石井 保典(昭24年卒)  昭和31年 〜 平成11年 )44年間

・ 渡辺   潔(昭34年卒) ( 平成12年 〜 平成21年 )10年間

・ 浅黄 達雄(昭36年卒) ( 平成22年 〜 平成26年 ) 5年間

・ 西村 利稔(昭37年卒) ( 平成26年 〜 現 在   )

《 各国際大会日本代表の監督・コーチ 》

・内藤安雄・村山幸雄   第7回世界選手権大会トマス杯 監督及びコーチ

・吹田修一(昭28年卒)   第1回、第2回国際学生選手権大会 監督

・村野 浩(昭41年卒)    昭和49年インターナショナルエキジビションマッチ 監督

《 歴代全日本学生連盟委員長 》

・七尾 邦彦(昭32年卒)(昭和31年) ・春日  操(昭35年卒)(昭和34年)

・腮尾 健生(昭41年卒)(昭和40年) ・本島 義男(昭45年卒)(昭和44年)

・中村 和衛(昭49年卒)(昭和48年) ・稲垣  明(昭57年卒)(昭和56年)

・園部 一彦(平 元年卒)(昭和63年) ・白鳥  卓(平23年卒)(平成22年)

国からの褒章受章者

《 藍綬褒章受章》

・ 内藤 安雄(昭24年卒)(昭和60年) ・ 村山 幸雄(昭28年卒)(平成 5年)

《 勲五等双光旭日章受章 》 

・ 村山 幸雄(昭28年卒)(平成13年)

≪関東大学リーグ戦1部順位と回数(平成29年秋季まで)≫

男子・優勝1回 ・準優勝9回 ・第3位15回 ・第4位6回 ・第5位12回 ・第6位2回

女子・第3位1回・第4位1回・第6位10回

≪全日本学生選手権大会≫

団体戦入賞

男子・準優勝1回 昭和28年(1953年) 

・第3位2回 昭和30年(1955年)昭和34年(1959年)

女子・第3位4回 平成18年(2006年)平成27年(2015年)平成28年(2016年)平成29年(2017年)

個人戦入賞

昭和32年(1957年) 男子ダブルス準優勝  高田忠・渡辺潔組

平成26年(2014年) 男子ダブルス優勝   高野将人・宮嶋航太郎組

平成27年(2015年) 男子シングルス第3位 高野将人

平成28年(2016年) 男子ダブルス第3位  高野将人・宮嶋航太郎組

平成28年(2016年) 女子ダブルス準優勝  瀬川桃子・村上晃組